さとちん

【書評】現代の偉人は不安や焦りの経験を多く乗り越えてきた『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』

僕たちが生きていくなかで、先人の知恵を聞くことは大いに意味がある。

現代に生きる偉人が生まれた時から特別だったわけではない。

 

普通の人から「偉人」に変わったのはいつからだろう。

どうすれば彼らのようになれるのか、誰もが偉人になれるはずだ。

彼らは僕らにたくさんの教訓を教えてくれる。

 

 

自分もできるかもって思う原動力

あんなに偉い人でも失敗と挫折、将来の不安や焦りを経験してきた。

4人の賢人が、自分が何者でもなかったことに考えていたこと、影響を受けてたことを教えてくれる。

 

若い世代に「ひょっとしたら自分だってできるかも」と思ってもらいたい。

それが僕たちが「一歩を踏み出す」原動力になること間違いない。

 

若い時の挑戦が無限の可能性に

どんな失敗をしてもいい。学生時代にやった失敗は絶対に無駄にならない。五十三歳になってあまりにも失敗すると、ちょっとよろしくないんですけれども、二十代の失敗は宝物、財産です。

出典:僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう (文春新書)

【対談】環境を変える、自分が変わる 山中伸弥×永田和宏

若い頃に夢中になったことに、悪いことはなにひとつない

どんな経験でも、一生涯記憶に残る良い経験になるだろう。

 

たとえ、失敗をしたとしても、挑戦した経験はあなたの一生の財産となって、未来の自分を助けてくれる。

年を取ればとるほど、夢を持つことも夢中になるリスクも高くなる。

 

山中さんは若い時にしてはいけないことに、「挑戦しないこと」を挙げていた。

「挑戦しないことは、失敗よりも悪いこと」学びも経験も得られる失敗はまったく悪いことではない。

若い頃の投資は、大人になって、何十倍ものリターンとして生まれ変わる。

 

若い時に夢中になって取り組むことを見つけてみよう。

難しいことでなくていい。分からない時は読書や大人の話を聞くことも小さな一歩だ。

 

ヒナのように餌を待っていてはいけない、鳥になって飛び立とう

 大学っていうところは、何かを与えられるところじゃないと思うんです。黙って口を開けて待っていれば食べ物を放り込んでもらえるんじゃなくて、自分から食べにいかないと何も得られないところだと思うんです。

出典:僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう (文春新書)

 【対談】環境を変える、自分が変わる 山中伸弥×永田和宏  

大学での学びには授業だけでの学びには限界がある。

教授の講義を黙って座って聞いているだけではもったいない。

 

バイトやインターンシップ、SNSで学んだことを教授にぶつけてみる。

手を挙げて質問してみる。

先端の研究をしている(はず)教授の話を聞くだけでは意味がない。

 

僕も大学の学びに意味を見出していない。しかし、大学生の期間の必要だ。

「大学生」という特権や4年間のモラトリアム期に世界や過去からの知見を学べる4年間は「夏休みの自由研究」のようだ。 

まだまだ僕の学びは終わらせられない。学びがこれから役に立つことだろう。

 

様々な物差しで、不安を取り除こう

 では、挑戦を続けていくために必要なことは何でしょうか。

 ひとつには、「様々な種類の物差しを持つ」ことではないかと、思います。みなさんは、何か新しいことに挑戦するときには、どこかで過去に自分がやった、あるいはほかの人がやっていたことを物差しにして、判断しているのではないでしょうか。

出典:僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう (文春新書)

第二章 羽生善治(将棋棋士)挑戦する勇気

 羽生さんは挑戦するときに「様々な種類の物差しを持つ」ことだと言っていた。

 

例えば、言語を学ぼうと思ったときに、英語を習得するのに3年かかった。といった物差しがあることで分からないのは当たり前だと割り切ることができる。

物差しをもつことで、必要以上に不安にならずに物事に取り組むことができる。

 

不安は自分の勇気を失う要素になる。

不安は自分の経験を「活かす」ことで、和らげることができるようになる。

 

 偉人は普通な人から生まれている

生まれた時から特別だった人はわずかだ。 偉人は普通の人から生まれている。

どの天才も自分での努力を継続させることで偉人となってきた。

「誰もが最初は何者でもなかった」と話を聞かせてくれる。

 

偶然に進んだ挑戦の小さな一歩が積み重なり、大きな一歩になる。

失敗はけっして悪いことではない。挑戦をしないことが最も悪いことだ。

 

さとちん